カレンダーの日付は12月7日。 あの日から、ちょうど1週間が経ちました。
私の息子(高1)は、それまで「完璧」でした。 小・中学校時代はもちろん、高校に入学してからも11月末まで、遅刻ゼロ、欠席ゼロ。 野球部にも毎日顔を出し、親から見ても「手のかからない、自慢の息子」でした。
それが、12月1日の朝、唐突に終わりました。
予兆なき崩壊
いつもなら起きてくる時間になっても、息子がリビングに来ない。 「おい、遅れるぞ」 部屋のドアを開けると、彼は布団を頭まで被って丸まっていました。
熱はない。風邪でもなさそうだ。 でも、いくら揺すっても、怒鳴っても、テコでも動かない。 まるで、電池が切れた人形のように、生気だけが抜け落ちていました。
「サボり癖がついたらどうするんだ!」 私は焦り、会社へ行く時間も迫っていたため、つい強い口調で責め立ててしまいました。
突きつけられた「絶縁状」
その日の夜、そして翌日も学校へ行かなかった息子と、激しい言い合いになりました。 そこで彼が吐き出した言葉は、私の心臓を雑巾のように絞り上げるものでした。
息子が放った言葉
兄「お前の顔色を伺って、野球をやっていただけだ!」



オマエの会社では働かない。土方でもなんでもやる!
時が止まりました。 私はかつて甲子園で主将を務め、今は会社を経営しています。 心のどこかで「俺の背中を見て、息子も野球をやり、会社を継ぐのが幸せなはずだ」と信じ込んでいました。
でも、彼は違った。 12月1日までの「皆勤賞」は、彼自身が望んだものではなく、「父親(私)を怒らせないための演技」だったのです。
その糸が、プツンと切れたのがあの日でした。
1週間の葛藤を経て
正直、まだ解決策なんて見つかっていません。 今も隣の部屋からは、壁を叩く音や、重苦しい沈黙が聞こえてきます。 会社に行けば「社長」として振る舞いますが、家に帰れば「無力な父親」です。
でも、一つだけ決めたことがあります。 もう、「学校へ行け」と言うのはやめました。
「お前の会社では働かない」 そう言えるだけのエネルギーが、彼にはある。 今はそのエネルギーの向け先を、焦らず一緒に探していこうと思います。
このブログは、そんな不器用な親父が、息子との「延長戦」を戦うための記録(スコアブック)です。
もし、同じように突然の不登校に直面して、誰にも言えず震えているお父さん、お母さんがいたら。 あなたは一人じゃありません。 ここには、同じ空の下で悩んでいる私がいます。
まずは、今日一日を生き延びましょう。





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