今日、12月30日。
我が家にとって、少しだけ針が動いた日になった。
12月1日から不登校が始まって、ちょうど1ヶ月。
息子がようやく、野球部のグラウンドに顔を出した。
監督に挨拶をするために。
「戻る」とは言わなかったらしい。
チームメイトとも話せなかったらしい。
それでも、「今のままじゃダメだ」という彼なりの意地が、重い体を動かしたのだと思う。
俺は経営者だ。
普段なら「よし、よくやった! その調子で明日も行こう!」と背中を叩いていただろう。
でも、今の俺にはそれができない。
俺は、自分の息子が怖い
家に帰ってきた息子は、弟(次男)と機嫌よく遊んでいる。
リビングに笑い声が響く。
久しぶりの、平穏な空気だ。
喉元まで出かかっている言葉がある。
「明日も行けよ」
「今年最後の練習だぞ」
でも、声が出ない。
数日前の記憶がフラッシュバックする。
妻を殴り、俺の首を絞めたときのアドレナリン全開の息子の目。
もし、俺の一言でこの機嫌の良い空気が壊れたら?
もし、またあの「修羅」が顔を出したら?
情けない話だが、俺は怯えている。
年収2000万稼ごうが、社員を何十人抱えていようが、たった一人の高校生の息子にビビっている。
コミュニケーションが取れない。
何を言えば正解なのか、もう分からない。
テレビの向こうの不幸、目の前の地獄
年末の特番が流れている。
病気で死にそうな人、壮絶な貧困や差別と戦っている人。
それに比べれば、俺の悩みなんてちっぽけなものだ。
五体満足で、家があって、金もある。
頭では分かっている。
でも、全然踏み出せない。
世界中の誰かの不幸より、今、目の前の息子と「おはよう」すら自然に言えないこの距離感が、俺の胸をえぐる。
息子に「親父」へと育てられている
X(旧Twitter)で、あるフォロワーさんがこんな言葉をくれた。
「キャプテンさんが、人として成長するために必要なことなのかもしれませんね」
本当にその通りだと思う。
俺は今まで、「金」や「力」で他人を動かしてきた。
でも、息子は教えてくれている。
「親父、心はお金じゃ買えないぞ」
「力で押さえつけたら、もっと強い力で反発するぞ」と。
俺は今、息子に試されているんだと思う。
黙って待てるか。
信じて任せられるか。
明日への祈り
明日は大晦日。今年最後の練習がある。
俺は結局、彼に何も言えなかった。
「明日も行け」と言う代わりに、ただ黙って見守ることを選んだ。
明日、彼が起きるかどうかは分からない。
でも、もし彼が自分から動き出したら、俺は黙って車のキーを手に取ろうと思う。
今はまだ、解決なんてしなくていい。
ただ、今日繋がった細い糸が、明日も切れませんように。
それだけを祈って、俺も眠りにつく。
※俺の心の支えになっている「お守り」は、今日も机の中にある。

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