12月31日、大晦日。
激動の1日が終わろうとしている。
朝6:30。
息子は文句を言いながら起きてきたが、結局、練習には行けなかった。
そこで終わるはずだった。
でも、俺の中の「焦り」がそれを許さなかった。
「3学期が迫っている。今日、監督に挨拶だけでもしておかないと、復帰のきっかけがなくなる」
俺は息子を無理やり車に乗せ、終わりの会の時間に合わせてグラウンドへ向かった。
グラウンドで見せた「完璧な笑顔」
グラウンドに着くと、息子は監督のもとへ行き、挨拶をした。
そして、チームメイトの輪の中に入っていった。
「おお、久しぶり!」
じゃらじゃらと笑い合う声。
談笑する姿。
俺はその光景を見て、安堵で力が抜けそうになった。
「なんだ、大丈夫じゃないか」
「これなら1月2日の初練習も、3学期もいける」
完全な雪解けに見えた。
車に乗った瞬間、彼は「別人」になった
「お疲れ。よかったな」
帰りの車内、俺は明るく声をかけた。
しかし、助手席の息子の表情は、能面のように冷え切っていた。
そして、低い声で吐き捨てた。
「……あいつら、マジで腹立つ」
「話してても全然おもんない」
耳を疑った。さっきまで笑っていたじゃないか。
さらに、チームメイトからの「初日の出に行こう」という誘いも断ったと言う。
「1月2日の練習? 行くわけないやろ」
俺は混乱した。
さっきの笑顔は嘘か? こっちが本音なのか?
せっかく俺がお膳立てして連れ出したのは、逆効果だったのか?
じいちゃんへの電話で見せた「3つ目の顔」
帰宅後、俺の実家(祖父)へ電話をかけた時、さらに俺は混乱した。
息子は受話器越しに、明るい声でこう言ったのだ。
「うん、1月2日の初練習に出てから、そっち行くわ!」
「学校? うん、行くよ」
• 友人への笑顔(表)
• 親への悪態(裏)
• 祖父への優等生発言(理想)
どれが本当の息子なんだ?
俺はどう接すればいい?
親父としての自信が、また揺らいだ。
悪態は「ガス欠」のサインだった
でも、冷静になって考えてみた。
不登校の彼にとって、1ヶ月ぶりの部活は「戦場」だったはずだ。
「普通」でいるために、「心配させない」ために、彼は死ぬ気でエネルギーを使って「笑顔の鎧」を着ていたのだ。
そして、俺の車に乗った瞬間、その重たい鎧を脱ぎ捨てた。
「あいつら腹立つ」という言葉は、他人への攻撃じゃない。
「もう疲れた。無理をしたくない」という、心を許した親にしか見せない「甘え(ガス抜き)」なのだ。
祖父への「行く」は、嘘じゃない。「そうありたい自分(理想)」だ。
車内の「行かない」は、「今の限界(現実)」だ。
どっちも本音なのだ。
結論:文句を言っても「行った事実」は100点
車内でどれだけ毒を吐こうが、彼は今日、グラウンドに立った。
監督に挨拶し、友人と笑い合った。
その事実は消えない。
家での悪態は、外で頑張った「反動」だ。
親父である俺がサンドバッグになって、その毒を受け止めてやればいい。
「1月2日は行かない」と言った彼が、当日どうするかは分からない。
でも、今日のこの一歩は、決して無駄じゃなかったと信じる。
振り回されるのは疲れるが、それも親父の仕事だ。
皆様、良いお年を。
※息子の二面性に振り回されても、俺が潰れない理由。この「お守り」があるから、どんと構えていられる。

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