「兄のグローブを片付けた日」空白の月謝袋とレシートを握りしめ、私は泣きながら覚悟を決めた。

大荒れだった夜が明けました。

昨夜の息子は、食事も摂らず、風呂にも入らず、泥のように眠っていました。 その服からは、昼間に会っていた友達の「香水」の匂いが漂っていました。 それは、彼が無理をして被っていた「仮面」の匂いだったのかもしれません。

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息子と顔を合わせないための外出

翌朝、息子は起きてきませんでした。 私たち夫婦には、昨夜の今日で、どんな顔をして彼に会えばいいのか分かりませんでした。

「私たちが家にいると、あの子も下に降りてきにくいんじゃないか」

妻とそう話し合い、私たちは逃げるように午前中から買い物に出かけました。 家にいたくない。現実を見たくない。 そんな親としての弱さがあったのかもしれません。

「食べてくれるだけでいい」

13時頃に帰宅すると、息子がリビングに降りてきていました。 お腹が減っていたのでしょう。私たちが買ってきたパスタとピザを、無言で、しかし完食しました。

その夜も、彼は弁当を残さず食べました。

以前なら「野菜も食え」「風呂に入れ」とうるさく言っていたでしょう。 でも、今の私は、彼がご飯を食べている姿を見るだけで、胸が詰まりました。

親父キャプテン

「生きて、食べてくれている。それだけでいい」

ハードルが下がったのではありません。 「命さえあればいい」という、親としての原点に戻ったのです。

街中の風景が、刃物のように刺さる

それでも、外の世界は残酷です。

買い物中、楽しそうに歩く学生服の集団を見るだけで、涙が滲みました。 公園で野球をしている少年たちのユニフォーム姿を見ると、胸が張り裂けそうになりました。

家の中でもそうです。 玄関にある通学用の靴。制服。 そして何より、野球のスパイクとグローブ。

それらを見るたびに、「なんでうちは……」という黒い感情が湧き上がってきます。

私は決心しました。

兄の道具を片付けた

我が家の玄関にはいつも、兄(高1)と弟(中1)、2セットの野球道具が並んでいました。 それが私の誇りでした。

でも、私は今日、兄のセットを目のつかない場所へ片付けました。 玄関に残ったのは、弟の1セットだけ。

弟の道具だけが残った玄関

これは、「野球をする長男」という私の期待を捨てる儀式でした。

涙が止まらなかったレシートと月謝袋

妻と二人で、普段は絶対にやらないような大掃除をしました。 体を動かしていないと、心が壊れてしまいそうだったからです。

整理をしていると、2枚のレシートが出てきました。 日付は今年の4月。高校の入学直後です。

入学時に買い揃えた野球道具のレシート
  • 野球帽子
  • 練習着
  • 通学用のイヤホン

印字された文字を見た瞬間、涙が止まらなくなりました。 あの日、あんなに希望に満ちて買い揃えたのに。 「頑張るわ」と言った息子の顔が浮かんで消えません。

そして、もう一つ。 息子のカバンから出てきた、野球部の部費袋です。

12月だけハンコが押されていない、野球部の部費袋

11月までは毎月、領収印が押されています。 しかし、12月の欄だけが空白のまま。

私がかつて甲子園を目指し、息子にも託してしまった「野球への道」。 彼がそれを拒絶し、立ち止まってしまった現実が、この小さな空白に凝縮されています。

これを見るたびに、「俺のエゴが彼を苦しめていたんだ」という事実を突きつけられるようです。

全ては息子のおかげだ

でも、私たちは泣きながら掃除を続けました。 ここで私たちが覚悟を決めないと、息子が本当に壊れてしまう。 部屋を綺麗にすることは、荒れ果てた私たちの心を整えることでもありました。

不思議なことに、疲れ果てたはずなのに、私は妻に対していつもより優しくなれました。 妻もまた、私を労ってくれました。

ふと、思いました。 これは、壊れかけていた家族の絆を、息子が……いや神様が、荒療治で修復してくれているのではないか、と。

「お前らがしっかりしろ。夫婦で支え合え」 息子は身を挺して、私たち親を試しているのかもしれません。

不謹慎かもしれませんが、そう思えた瞬間、少しだけ腹が据わりました。 私がしっかりしなければならない。 キャプテンとして、このバラバラになりそうなチーム(家族)を、もう一度立て直すんだ。

レシートを握りしめたまま、私はそう誓いました。

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