「ゴールドは上がる。誰が見ても明らかだ。ここで勝負をかけないでどうする」
モニターに映るチャートは、人類未踏の5000ドルを突破していた。
かつて2000ドル、3000ドルで騒いでいた時代は終わった。紙幣の価値が希薄化し、実物資産へとマネーが雪崩れ込む。政治不安、戦争、インフレ。すべてのファンダメンタルズが「買い」を示唆している。
私の背中には、数千万円という重い負債がある。
家族を守るため、そして自分自身の誇りを取り戻すため、プロップファームという「他人の資本」を使ってレバレッジを効かせ、人生を逆転させようとしている最中だ。
目の前には、あと数万円、数回のトレードで合格という「ゴールテープ」が見えている。
手元にあるのは、最新鋭の自動売買システム(EA)。
しかし、この歴史的な暴騰局面で、システムが弾き出したエントリーは、あまりにも小さく、情けない「0.05ロット」だった。
「ふざけるな。桁が違うだろう」
「たかだか10万円の参加費だ。失ってもいいから、ここでアクセルをベタ踏みして、一撃で終わらせるべきではないか?」
そんな「悪魔の囁き」が脳内を駆け巡る。
かつて私は、100万円で買ったビットコインが1500万円になる未来を予見しながら、FXのレバレッジ取引で「ノイズ」に狩られ、資産をゼロにした経験がある。方向は合っていた。だが、退場した。
今、また同じ過ちを繰り返そうとしているのではないか。
この「0.05ロット」という極小のポジションに隠された、冷徹な「経営判断」の意味を、痛いほど思い知らされた一日だった。
「上がるしかない」という猛毒
経営者として事業を行っていると、「勝てる」と確信した瞬間にリソースを集中投下したくなる。それはビジネスの鉄則だ。
しかし、相場の世界、特にプロップファームという「他人のふんどし」で相撲を取るルール下では、その思考が命取りになる。
「誰が見ても上がる相場」とは、裏を返せば「誰をも振り落とそうとする相場」でもある。
5000ドルという価格帯は、真空地帯だ。
かつての2000ドル時代の「1%の変動」と、今の「1%の変動」では、動く金額の桁が違う。2.5倍のボラティリティ。つまり、これまでなら「かすり傷」で済んだノイズが、今では「致命傷(即死)」になる。
私が「一撃で決めたい」と焦り、手動でロットを4倍に引き上げたとしよう。
システムは「今の荒れ狂う波では、300pipsの車間距離(損切り幅)を取らなければ安全ではない」と計算している。
しかし、ロットを上げてしまえば、許容損失額(1日のルール)に抵触するため、損切り幅を狭くせざるを得ない。
結果どうなるか。
上昇トレンドが始まる直前の、ほんの一瞬の下落。いわゆる「ダマシ」のヒゲ。
それに狩られ、100万円近い損失を出し、その瞬間に口座は凍結される。
私が退場した直後、ゴールドは嘲笑うかのように最高値を更新していくだろう。
ビットコインの時と同じだ。「正しかったのに、負けた」という、最も惨めな敗北だ。
ギャンブラーは「額」を追い、経営者は「率」を管理する
「参加費なんてたかが10万だ。俺の役員報酬の20分の1だ」
そう強がってみても、失うのは金ではない。「時間」だ。
再びステップ1の最初からやり直す徒労感。
積み上げてきた利益と、費やした精神力。
経営において、最も高価なリソースは「時間」であるはずだ。
その時間を、一時の感情的な博打でドブに捨てる行為こそ、三流の経営者のすることだ。
システムが提示した「0.05ロット」。
これは、「今の異常なボラティリティの中で、絶対に口座を死なせないためのギリギリの安全装置」だった。
臆病なのではない。老獪なのだ。
「方向は上だが、道が悪すぎる。スピードを出すと車が大破するから、徐行で安全地帯まで抜ける」
この判断こそが、2000万円、5000万円という巨額の資金を管理する「プロの仕事」なのだ。
5000ドル時代の「プラチナチケット」
乗り遅れたのではない。
この0.05ロットのポジションこそが、5000ドル時代への「搭乗券(プラチナチケット)」だ。
多くのトレーダーが、高値警戒感からのショートで焼かれ、あるいは無謀なロングで調整下げに狩られ、屍を晒している。
その中で、小さくともポジションを持ち続け、利益を積み上げている事実。これこそが「勝者の証」だ。
無理に利確幅を広げる必要もない。
手前の15万円でいい。それを確実に懐に入れ、次のチャンスを待つ。
「足るを知る者は富む」。
一発逆転のホームランを狙って三振を繰り返すのではなく、確実にヒットを打ち続け、気がつけば莫大な利益になっている。それが複利の力であり、ビジネスの成長曲線と同じだ。
借金があるからといって、相場に「俺の都合」を押し付けてはいけない。
相場は常に正しい。
私がやるべきことは、感情を殺し、規律を守り、システムという優秀な部下が弾き出した「答え」を信じて待つことだけだ。
焦るな。
我々はギャンブルをしているのではない。
確率と統計に基づいた「事業」を運営しているのだから。
