1月8日。始業式。 奇跡が起きた。息子が学校へ行ったのだ。 休み明けテストも受け、担任とも話し、昼過ぎに帰ってきた。
「友達にも会えたし、良かった」 妻からの電話でそう聞いた時、俺は職場でガッツポーズをした。 この1ヶ月、腫れ物に触るようにケアしてきた努力が報われたと思った。
だが、それは「ぬか喜び」だった。
俺が帰宅した瞬間、ゴングは鳴った
夕方、俺が玄関のドアを開けた瞬間。 2階からドタドタと足音が響き、息子が猛スピードで降りてきた。
「おかえり」ではない。 俺の胸に、息子のハイキックが突き刺さった。
「お前、言ったんか!!」 「学校にバラしたんか!!」
息子の拳が、雨あられのように俺の胸を叩く。 タックルで俺を倒そうと必死にもがく。
俺は体重80キロ。息子は60キロ。 物理的な痛みはない。倒されることもない。 でも、心臓が握りつぶされるほど痛かった。
学校で突きつけられた「現実」
理由を聞いて、血の気が引いた。 久しぶりに会った野球部の仲間に、こう言われたらしい。
「お前、家で暴れてるんやろ?」 「親に暴力振るったらしいな」
息子にとって、学校は「戦場」だった。 必死に作った「普通の自分」の仮面を、その一言が剥がし取ったのだ。 一番知られたくない恥部を晒された屈辱。 その怒りの矛先が、情報の出処である(と思われた)俺に向かった。
「1ヶ月のケア」が崩れ去った日
俺はただ、サンドバッグのように立ち尽くした。 口止めをしておくべきだったのか? いや、高校生の噂話を親がコントロールなどできない。
確かなのは、一つだけ。 **「今の学校に戻れば、彼は『親を殴ったヤツ』というレッテルと戦わなければならない」**ということだ。
その視線に耐えながら通うメンタルは、今の彼にはない。 今日一日頑張って行った結果が、これだ。 あまりにも残酷すぎる。
親父の決断。「撤退戦」を始める
俺は決めた。 この学校への「復帰」には、もうこだわらない。
彼がこれ以上傷つかず、心が潰されない場所があるなら、そっちでいい。 通信制でもなんでもいい。 「普通」に戻そうとした結果、家庭内で血が流れるなら、そんな「普通」はいらない。
明日から、俺は息子を起こさない。 「おはよう」も「おやすみ」も言わない。 刺激しないよう、幽霊のように気配を消して生活する。
これはネグレクトじゃない。 これ以上、俺とお前が壊れないための、**互いの安全距離(ソーシャルディスタンス)**だ。
80キロの親父の体は、まだ耐えられる。 でも、これ以上、息子の歪んだ顔は見たくないんだ。
※今の俺のように、心が折れかけている親へ。逃げ場所の候補(資料)だけは持っておこう。それだけが唯一の希望になる。
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