「お前は一日中、パソコンの前に座って居眠りして、毎月200万ももらっている。考えが甘い」 「ワシは夜中の1時まで現場で働いて、この会社の礎を築いたんや。お前も3年は現場で汗を流せ」 「元請けを飲みに連れて行って、接待してこい」
実の親であり、会社の代表でもある男から浴びせられる言葉だ。 昭和の高度経済成長期を「肉体」一つで生き抜いてきた自負。それが、令和の今、経営の足を引っ張る呪いになっていることに、彼は気づいていない。
私は思う。 汗水垂らして働くことだけが「正義」なのか? パソコンをクリックして稼ぐ金は「汚い」のか?
結論から言う。 その考えこそが、会社を、家族を、そして従業員さえも路頭に迷わせる「甘え」だ。
今回は、現場監督として数十人の生活を背負いながら、FXという「汗をかかない収入源」に命を懸ける、私の覚悟と葛藤の全てを話す。これは、古い価値観に殺されかけている、全ての二代目経営者とビジネスマンに捧げる。
誰も言わない「下請け」の真実と誇り
まず、私の本業について触れておく。 世の中には職業に貴賤があると思い込んでいる人間がいる。「木材加工や現場仕事は底辺だ」「大手企業に勤めるのが勝ち組だ」と。
ふざけるなと言いたい。
大手企業も所詮は「下請け」である
私は、誰もが名を知る世界的飲料メーカーや、スーパーゼネコンのグループ会社から仕事を請け負っている。いわゆる「下請け」だ。 だが、その構造をよく見てほしい。 ゼネコンは施主の、メーカーは消費者の、そして株主の「下請け」に過ぎない。資本主義社会において、誰かから金をもらう以上、全ての仕事は誰かの下請けだ。
現場が止まれば、国が止まる
私が現場に行かなければ、物流が止まる。家が建たない。飲料が届かない。 私たちが泥にまみれ、木屑にまみれて働いているからこそ、大手の社員は涼しいオフィスで数字をいじっていられるのだ。 我々は社会のインフラであり、経済の物理的な「土台」だ。その誇りは誰にも傷つけさせない。
だが、ここで致命的な問題が生じる。 「現場の誇り」と「経営の正解」をごちゃ混ぜにする老害の存在だ。
「汗=金」という昭和の呪い
私の父(代表)は、典型的な職人経営者だ。 「苦労すること」に美学を感じ、「長時間労働」に価値を見出す。 彼が10年かけても利益を出せなかった会社を、私は数ヶ月で黒字化した。やったことはシンプルだ。徹底的な効率化と、無駄の排除。
しかし、それが父には気に入らない。 「楽をしている」と映るのだ。
飲みニケーションという名の「経費と肝臓の無駄遣い」
「飲みに行け」「接待しろ」と父は言う。 今の時代、40代の課長も、30代の若手社長も、そんなものを求めていない。彼らが求めているのは「納期厳守」「品質」「適正価格」という実利だ。 休日の夜に、疲れた体を引きずって愛想笑いをする暇があったら、明日の工程表を見直すか、新しい収益の柱を作るべきだ。 それが「令和のビジネス」だ。
従業員への「テロ行為」
父の最大の罪は、その「歪んだ正義感」を従業員に漏らすことだ。 「息子は200万も給料をとっている」「あいつは現場を知らん」 他所では雇ってもらえないような高齢者を、私は雇用し、戦力化している。休憩もしっかり取らせ、法を守り、給料を払っている。 だが、父が余計な情報を吹き込むことで、従業員の中に「俺たちは駒だ」「息子だけ儲けている」という疑念が生まれる。
経営者が自ら、組織の統制を破壊してどうするのか。 これは親子喧嘩ではない。経営上の「情報漏洩」であり、裏切り行為だ。
なぜ私は「現場にいなくても回る」を目指すのか
「お前がいなくても現場が回るようにしたい」 そう言うと、父は「無責任だ」と怒るだろう。だが、これこそが経営者が目指すべき**「最終形態」**だ。
社長が現場に出るのは「敗北」である
私が倒れたら、30人の従業員とその家族はどうなる? 私が現場で釘を打っている間、誰が資金繰りを考える? 経営者が現場作業員化している会社は、脆い。社長は「脳」であり「心臓」でなければならない。「手足」になってはいけないのだ。
FX・トレードは「逃げ」ではなく「最強の防衛」
父は言う。「株やFXなんて、何も生み出さない博打だ」と。 何も生み出さない? 私は、「自由」と「安全」を生み出している。
本業が傾いたとき、誰が社員の給料を保証するのか。 元請けからの発注が止まったとき、誰が家族を食わせるのか。 汗水垂らして働く父には、その金は出せない。
私がパソコンの前で、神経をすり減らしながらチャートと向き合っているのは、「汗をかかない金」で「汗をかく人たち」を守るためだ。 労働の切り売りには限界がある。だからこそ、私は資本を動かす側(投資家)に回る。 これは「楽」をしているのではない。 「労働者」から「資本家」へ、血の滲むような脱皮を図っている最中なのだ。
親父よ、俺は「タヌキ」になる
「社長を交代したほうがいいか?」 そう悩んだ時期もあった。だが、今は違う。
責任など負いたくない。連帯保証人になって、個人の資産まで差し押さえられるリスクを負ってまで、飾りの「代表」になどなりたくない。 だから決めた。
親父には、死ぬまで「代表」というお神輿に乗ってもらう。 「親父のおかげです」「さすがですね」と頭を下げ、承認欲求を満たしてやる。 だが、実権は渡さない。 金(財務)と人事、そして未来のビジョンは、私が握る。
これは残酷な判断かもしれない。しかし、会社を守るためには、情に流されて共倒れするわけにはいかないのだ。
同じ痛みを持つ、全ての同志へ
もしあなたが、古い価値観を持つ上司や親族経営者に苦しめられているなら、聞いてほしい。 あなたの感覚は、正しい。
効率化は悪ではない。 副業や投資で収入の柱を増やすことは、甘えではない。 飲み会を断るのは、薄情ではない。
彼らは変わらない。説得しようとするだけ時間の無駄だ。 だから、面従腹背(めんじゅうふくはい)でいい。 表面ではニコニコと従いながら、裏では淡々と、自分の牙(スキル・資産)を研げ。
私は現場監督だ。 だが、ただの監督ではない。 相場の波を読み、資本を操り、泥臭い現場とデジタルの世界の両方で勝ち残る、ハイブリッドな経営者だ。
誰に何を言われようと、私は私のやり方で、家族と会社を守り抜く。 そのための「軍資金」を、今日も私は相場から奪い取る。

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