【第42話】甲子園ノーヒットの亡霊。息子に「呪い」をかけていたのは、18歳の私だった。

あるX(旧Twitter)の投稿を見て、私はスマホを持つ手が震え、涙が止まらなくなりました。

そこには、こう書かれていました。 「子供への過干渉の正体は、親自身の『インナーチャイルド(成仏していない子供時代の自分)』ではないか?」

その言葉が、私の心臓をえぐりました。 なぜなら、私には心当たりがありすぎたからです。

私は元高校球児で、主将として甲子園に出場しました。 周囲からは「すごいですね」「輝かしい青春ですね」と言われます。 しかし、私の中の真実は違います。

あの夢舞台。 私は怪我をし、途中でグラウンドを去りました。 ヒットは一本も打てていません。 「ノーヒット、途中交代」 それが、私の甲子園の全てです。

目次

私の「試合」は、まだ終わっていなかった

表向きは「引退」し、大学へ行き、経営者になりました。 しかし、私の心の奥底には、まだ試合終了のサイレンを聞けていない「18歳の私」が、バッターボックスで立ち尽くしていたのです。

「続きを打ちたい」 「このままじゃ終われない」

そんな亡霊のような想いを抱えたまま、私は父親になりました。 そして、生まれた息子に、無意識のうちにその「続き」を託してしまったのです。

息子が野球を始めた時、私は誰よりも熱心に指導しました。 「甲子園に行け」「レギュラーを取れ」「打て」。 それは息子のための言葉のようでいて、実は「俺の代わりに打ってくれ」という、私のエゴの叫びでした。

息子が不登校になり、暴れ、野球を拒絶したのは当然です。 彼は私の「リベンジマッチの道具」にされる重圧に、耐えられなかったのです。 息子が殴っていた壁は、私という「呪い」だったのかもしれません。

人間形成としての野球、代理戦争としての野球

「でも、野球は人間形成にいいから続けてほしい」

私はまだそう思っています。 スポーツを通じて、礼儀や忍耐、仲間の大切さを学んでほしい。その親心に嘘はありません。 しかし、その「きれいな言葉」の裏に、不純物が混ざっていないか、自問自答する必要があります。

  • 純粋な願い: 「仲間と楽しく汗を流して、心身ともに健康でいてほしい」
  • 呪いの願い: 「俺ができなかった活躍をして、俺の無念を晴らしてほしい」

私が息子に求めていたのは、明らかに後者でした。 「野球部に戻るかどうかわからない」「戻ってもまた坊主にする」 そんな息子の揺れ動く行動に一喜一憂してしまうのも、私がまだ自分のゲームセットを受け入れられていないからです。

今日、私は18歳の自分に引退勧告をする

宇野さんという方の投稿への返信で、私は気づかされました。 息子をどうこうする前に、まず私が、私の中の「野球小僧」の話を聞いてやるべきだと。

今夜、私は一人で酒を飲みながら、心の中の18歳の自分にこう語りかけようと思います。

「お前はよくやったよ」 「怪我をして、ヒットも打てなくて、悔しかったな」 「でも、もう試合は終わったんだ」 「あとの楽しみは、息子が選ぶ人生を、スタンドからビール片手に見守ることだけにしようぜ」

そうやって、私自身が自分の野球人生にケジメをつけない限り、息子は本当の意味で自由にはなれません。

もし、息子が野球部に戻るとしたら。 それは「私の続き」をするためではなく、彼が彼自身の友達と、彼自身の青春を過ごすためであってほしい。 たとえ万年補欠でも、ヒットが打てなくても、彼が「楽しかった」と笑って引退できるなら、それが最高の人間形成です。

「親父の夢」は、親父が自分で叶えるもの。 「子供の人生」は、子供が自分で描くもの。

当たり前のことに気づくのに、ずいぶん長い延長戦をしてしまいました。 さあ、私のゲームセットのサイレンを、自分で鳴らす時です。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次