「大人の事情」で奪ったユニフォーム。2階に消える次男の背中に、俺は何も言えない。

次男

「うるさい」

最近、中1の次男が私や妻にかける言葉はこれだけです。

以前は、練習での出来事や学校であったことを、食卓で楽しそうに話してくれていた。 それが今は、私が何かを聞こうとすると、面倒くさそうにひと言だけ放って、逃げるように2階の自分の部屋へ上がってしまう。

反抗期、と言ってしまえばそれまでだ。 だが、私には心当たりがありすぎる。

これは単なる成長の過程ではない。私と妻が、あいつから「大切な場所」を奪ったことへの、無言の抗議なのだと思う。

目次

次男を「辞めさせた」理由

今年の10月、私は次男を硬式野球のクラブチームから辞めさせました。 あいつはそのチームを気に入っていた。 「辞めたくない」という意思も感じていたし、チーム関係者からも強く引き止められた。

それでも、私は退団届を出した。 理由は、情けないことに「親の事情」が大きかったのです。

妻の限界と、私のエゴ

一つは、妻のこと。 そのチーム特有の保護者間の厳しい上下関係や、独特の空気に、妻が耐えられなくなってしまったのです。 長男のこともあり家庭内の空気が重くなる中、これ以上妻に無理はさせられないという判断がありました。

そしてもう一つ。私自身の「野球観」のエゴもありました。 1年生とはいえ、次男はなかなか試合に出してもらえなかった。ベンチでスコアをつけたり、声出しをしている姿を見て、私は焦りを感じていたのです。

親父キャプテン

「そんなことより、もっと練習量が多くて、実戦経験が積めるチームに行った方がマシだ」 「今の環境にいても上手くならない」

私は、あいつの「楽しい」という感情よりも、自分の「効率」や「成果」を優先させました。 まだ中1の子供にとって、仲間と過ごす時間がどれほど大切かを知っていながら、大人の論理でそれを断ち切ったのです。

「放任だった父」と「干渉する私」

そしてこの12月。今度は高1の長男が学校に行けなくなり、荒れ始めた。

兄には期待をかけすぎて潰してしまい、弟には大人の事情で環境を奪ってしまった。

ふと、自分の父親のことを思い出します。 私は、自分の父とキャッチボールをした記憶がない。野球の話をしたことすらない。 それでも、私は自分で考え、練習し、甲子園球児になれた。

「親は黙って金だけ出す」。ある意味、父は徹底して放任だった。

だからこそ思うのです。 私が今、息子たちにあれこれ口出しをしてしまうのは、愛情なのか、それとも自分の過去へのコンプレックスなのか。

  • 自分が野球を知っているからこそ、「こっちが近道だぞ」と教えたくなる。
  • 兄で失敗しているから、「弟には失敗させたくない」と先回りしてしまう。

でも、その私の「親切心」が、あいつらにとっては「雑音」でしかないとしたら?

俺は、本当にダメな父親だ

結果として、環境を変えたことが正解だったのか、今もわかりません。 ただ確かなのは、「楽しそうに野球の話をしてくれていた次男は、もういない」ということだ。

43歳にもなって、私はまだ親になりきれていないのかもしれない。

2階から聞こえる微かな物音を聞きながら、私はリビングで立ち尽くす。 注意していいのか、ほっとくのがいいのか。 経験を伝えるべきか、黙って見守るべきか。

自分の父親とは会話ひとつなく甲子園に行けた男が、自分の息子とはどう接していいかわからず、オロオロしている。

改めて思う。 俺は、本当にダメな父親だなあ、と。

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