息子の「大いびき」を聞いて安堵したのも束の間、夜になるとまた別の不安が襲ってきた。
「出席日数」だ。
息子は12月1日から学校に行っていない。今はまだ1週間。だが、これが1ヶ月、2ヶ月と続けばどうなるか。高校は義務教育じゃない。出席日数が足りなければ、容赦なく「留年」、そして「退学」の二文字が突きつけられる。
「せっかく入った高校なのに」
「ここで辞めたら、こいつの人生はどうなるんだ」
昼間の安堵感は消え、また悪い想像ばかりが膨らんでいく。経営者として、学歴が全てじゃないことくらい知っている。それでも親として、「高校卒業の資格」くらいは持たせてやりたい。それが本音だった。
だが、今の息子に「学校に行け」と言うのは、あいつを殺すことと同じだ。八方塞がりだった。
時計を見ると、日付が変わる少し前だった。家の中は静かだった。息子の部屋からはさっきまでのいびきも止まり、隣で眠る妻の寝息だけが聞こえる。誰も起きていない。この不安を抱えているのは、今この瞬間、俺だけだった。
布団の中で見つけた「新しい世界」
居ても立っても居られず、俺は布団の中でスマホを検索した。「不登校 高校生 進路」「高校 留年したくない」。
そこで画面に現れたのが、「通信制高校」という選択肢だった。
正直に言う。俺はこれまで、通信制高校に偏見を持っていた。「全日制に行けない子が通う場所」「勉強が遅れた子の受け皿」だと。
でも、食い入るようにサイトを読んでいくうちに、そのイメージは覆された。
登校日数は年数回だけでいい。eスポーツやプログラミングなど、専門スキルが学べる。大学進学実績も豊富。
「なんだ、ここは……」
そこには、俺の知っている暗いイメージじゃなく、今の息子が息ができそうな、自由で新しい世界が広がっていた。
意外と冷静だった、あの手つき
不思議なもので、あの夜の俺は、頭のどこかで「何をしたって無理かもしれない」と半分諦めていた。それでも体は動いた。指はスマホの画面をなぞり続けた。
パニックになって泣いていたわけじゃない。むしろ驚くほど冷静だった。感情はとっくに振り切れて、あとは「できることを一つずつ潰していく」という、経営者としての癖のようなものだけが働いていたんだと思う。修羅場で頭が変に静かになる、あの感覚に近かった。
「もし、全日制に戻れなかったとしても、ここなら卒業できるかもしれない」
そう思った瞬間、震える指は、「一括資料請求」のボタンを押していた。
「転校させるわけじゃない。ただの『お守り』だ」
そう自分に言い聞かせながら、住所や名前を入力した。複数の学校のパンフレットを、まとめて無料で送ってくれるサービスだ。
送信ボタンを押す時、少し手が震えた。これを送ることは、「全日制での復帰」を諦めることのような気がしたからだ。
でも、送信完了の画面が出た時、不思議と心が軽くなった。「最悪の場合でも、この道がある」。その事実が、追い詰められていた心に「逃げ道」を作ってくれた。
隣の部屋では、妻も息子も眠っていた。この決断は、誰にも相談せず、俺一人で下したものだ。まだ誰にも話していない。届いた資料を見せるかどうかも、まだ決めていない。
あの夜の自分に、今なら言えること
あれから半年以上が経った。今、あの夜の自分に何か声をかけるとしたら、俺はきっとこう言うと思う。
「お前、何をしていいか分からなかったんだな」
責めるつもりはない。むしろ、分からないなりに手を止めなかったこと自体が、あの状況では精一杯だったと今は思う。資料は結局、家族を追い詰める道具にはならなかった。息子に見せるかどうか悩んだ末、しばらくカバンの奥に隠したままだったし、最終的に全日制に戻る道を選んだのも息子自身だった。
でも、あの夜「逃げ道」を一つ持っていたことが、その後の俺の判断を何度も助けてくれた。追い詰められた時ほど、選択肢は一つしか見えなくなる。だからこそ、誰にも言えなくても、こっそり一つだけ「保険」を持っておく。それが、あの夜の俺にできた、最初の具体的な「反撃」だった。
もし今、同じように出席日数のカウントダウンに怯えている親御さんがいるなら。まだ何も決めなくていい。ただ、資料を取り寄せておくだけでいい。それだけで、追い詰められた頭に少しだけ余白ができるはずだ。

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