会社に行けば、私は「役員」という仮面を被ります。 従業員30名を抱える組織のNo.2として、現場を回し、判断を下すのが私の仕事です。
特に神経を使うのが、「人の悩み」を聞くことです。
「あの人とうまくいかないんです」 「この仕事、私には向いていないかもしれません」
特に女性従業員の人間関係の揉め事や、進路の相談。 私はデスクで、あるいは会議室で、彼らの話に耳を傾け、頷き、アドバイスをします。
「大丈夫、こうすればうまくいくよ」 「君ならできると期待しているよ」
みんな、私の言葉に安心し、また現場に戻っていきます。 表向きは、順調に組織を回している「頼れるリーダー」です。
でも、一人になった瞬間、猛烈な吐き気に襲われることがあります。
息子も育てられないくせに
部下の人生相談に乗ったその口で、家に帰れば息子に拒絶されている。 「うるさい」「お前の顔色を伺っていただけだ」と言われ、部屋から出てこない息子を前に、私は何もできない。
会社では「人の動かし方」や「組織論」を偉そうに語っているけれど、自分の分身であるたった一人の息子さえ、まともに導けていないじゃないか。
親父キャプテン「俺に、人を指導する資格なんてあるのか?」
部下に見せている「頼れる役員」の姿は、全部ハリボテなんじゃないか。 本当の俺は、家庭一つ守れない、無力でダメな男なんじゃないか。
そんな「詐欺師」のような気分になり、背筋が寒くなるのです。
いつか、すべてが崩れる予感
うちは大手企業の下請けです。 仕事は順調ですが、「いつ切られるか分からない」という恐怖は常にあります。 だからこそ、次の柱を見つけようと必死に動いています。
でも、私が一番恐れているのは、会社の業績悪化ではありません。 「私自身」が崩れてしまうことです。
家庭での自信喪失が、いつか仕事にも滲み出てしまうのではないか。 「社長(役員)、あなたの言ってること、響きませんよ」と、従業員に見透かされる日が来るのではないか。
砂上の楼閣の上に立っているような、足元が崩れ落ちる恐怖。 それでも、父(代表)の手前、そして従業員たちの生活を守るため、私は今日も虚勢を張って出社します。
それでも「演じる」しかない
「息子もまともに育てられないのに」 その自責の念は、おそらく一生消えません。
でも、会社に来ている間だけは、それを忘れなければならない。 皮肉なことに、息子が友達の前で「普通の高校生」を演じていたように、私もまた会社で「完璧なリーダー」を演じているのです。
似た者親子だな、と自嘲します。
今はまだ、この恐怖に対する答えを持っていません。 ただ、崩れ落ちそうな足を踏ん張り、目の前の書類と、従業員の悩み相談に向き合うだけです。 それが、今の私が社会と繋がっていられる、唯一の命綱なのかもしれません。




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