あけましておめでとうございます。
激動の2026年が幕を開けた。
元旦。
息子は、明日の「練習始め」に行くとは言わなかった。
それでも、我が家には穏やかな時間が流れていた。
親戚の集まりに顔を出し、小学生の従兄弟たちの面倒を笑顔で見ている息子。
その姿を見て、親戚のおじさんが俺に言った。
「無理に行かすな。違う道も考えてやれ」
分かっている。
俺だって、ズバットで資料を取り寄せ、「違う道(通信制)」の準備はしている。
でも、**「タイムリミット(進級判定)」**のゴングが鳴るその瞬間までは、あいつがもし「戻りたい」と言った時のために、道を塞ぎたくないのだ。
そんな俺の迷いを知ってか知らずか、ポストに一通のハガキが届いた。
今の時代に「手書き」の年賀状
野球部のチームメイトからの年賀状だった。
印刷ではない。下手くそだけど、一生懸命書いた手書きの文字。
『また一緒に野球しようぜ』とは書いていない。
ただ、『今年もよろしく』と、何気ない言葉が添えられていた。
俺はそれを見て、不覚にも泣きそうになった。
あいつは、学校に行けていないこの1ヶ月間も、部員たちから「仲間」として覚えられていたんだ。
9ヶ月間、俺と同じユニホームを着て泥まみれになった時間は、決して無駄じゃなかったんだ。
あいつの人間性が良いから、こんなハガキが届くんだ。
「これを見せて説得しようか」という悪魔
喉元まで出かかった。
「ほら見ろ! 友達が待ってるぞ! 明日行こう!」
でも、俺はグッと飲み込んだ。
この年賀状は、あいつへの「応援歌」であって、親が復帰させるための「圧力」に使っちゃいけない。
そんなことをしたら、せっかくの友達の善意が、あいつにとっては「呪い」に変わってしまう。
俺はただ、「〇〇君から年賀状来とるぞ」とだけ言って手渡した。
息子は少し照れくさそうに、でも嬉しそうにそれを見ていた。
それで十分だ。
壊れる前に「別の道」を。でも今は…
親戚の言う通り、あいつが完全に壊れてしまう前に、別の道(転校)を示してやるのが親の愛かもしれない。
俺の机の中には、そのための「お守り(資料)」もある。
でも、あと少し。
タイムリミットのベルが鳴るまでは、俺はこの「どっちつかずの道」を、息子と一緒に迷いながら歩こうと思う。
それが、9ヶ月間頑張った彼への、俺なりの敬意だ。
チームメイトの彼、本当にありがとう。
君の一筆に、親父が救われたよ。
※親戚に「違う道を考えろ」と言われても動じないのは、既にこの準備があるからだ。