【第35話】昨夜はハサミを握っていた息子が、今夜は「背を伸ばすサプリ」を飲んで寝た。親父には理解できない、しぶとい生命力。

昨夜の我が家は、まさに地獄の底だった。 「誰かがいる」「怖い」。 見えない敵に怯え、ハサミを握りしめて震えていた息子。 俺は、息子の精神が完全に崩壊してしまったのかと、生きた心地がしなかった。

だが、今夜。 俺の目の前には、信じられない光景があった。

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昨夜の「ハサミ」と、今夜の「亜鉛」

夜0時過ぎ。 息子はリビングのソファーから立ち上がると、無言でキッチンへ向かった。 手にしたのは、ハサミではない。 身長を伸ばすための「亜鉛サプリ」だ。

水で流し込み、いつものように「スマホをリビングに置く」というルールを守って、自分の足で2階の部屋へ上がっていった。 昨日はあれほど怯えていた「自分の部屋」へ、一人で。

俺は呆然とした。 昨日、死ぬか生きるかの瀬戸際にいた人間が、今日は「背を伸ばす」という未来への投資をしているのだ。

スマホを置く手つきに見た「意地」

正直、親父には理解不能だ。 あれだけ暴れ、幻覚を見ておきながら、なぜ平然とルーティンをこなせるのか。

だが、あのスマホを置く手つきを見て感じたことがある。 それは、「俺はまだ壊れてねえぞ」という、彼なりの強烈な「意地」だ。

もし本当に絶望していたら、ルールなんてどうでもいいはずだ。 もし生きる気を失っていたら、身長なんて1ミリも気にならないはずだ。

彼は、親父である俺との「最後の境界線(ルール)」を、ギリギリの精神状態で守ってみせたのだ。

理由は「モテたい」でいい。生きてくれれば

なぜ亜鉛なのか。 野球に復帰するため? 喧嘩でナメられないため? それとも、単に女子にモテたいだけか?

理由はなんだっていい。 「ハサミ(死・防御)」ではなく、「亜鉛(生・成長)」を選んだ。 その事実だけで十分だ。

「わけがわからん」と思いながらも、俺は今日、少しだけ安心して眠れそうだ。 こいつは、親が思っているよりずっとしぶとい。 まだ、生きようとしている。

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