週末の興奮が冷めやらぬまま、月曜日の朝が来た。先週末、息子は高校の友人と連れ立って、隣県の地方都市まで出かけていった。若者に絶大な人気を誇るYouTuberグループのイベントがあったらしい。片道2時間以上かかる道のりを、自分たちだけで電車を乗り継いで行く。数ヶ月前、部屋から一歩も出られず、昼夜逆転でカーテンを閉め切っていたあの頃を思えば、これは劇的な変化だ。
「エネルギーが戻ってきた」。そう解釈して、昨日のブログでは前向きなことを書いた。
そして今朝、息子は制服に袖を通し、午前中の授業を受けるために学校へ行った。これだけを見れば、順調な「V字回復」に見えるだろう。経営で言えば、赤字部門が黒字転換し、右肩上がりで推移しているチャートそのものだ。
だが、現場(家庭)の空気は、そんなに単純なものじゃない。
遊び呆ける「回復期」への疑念
午前中の授業を終えた息子は、そのまま帰宅するのではなく、午後から再び友人たちと遊びに出かけた。そして、帰宅したのは夜の8時を回り、9時になろうとする頃だった。
「ただいまー」。悪びれる様子もなく、むしろ充実した顔で帰ってくる息子。その姿を見て、俺の中にあった「安堵」は、急速に「疑念」へと変わっていった。
これは本当に「回復」なのだろうか。ただ単に、嫌なこと(勉強や部活)から逃げて、楽しいこと(遊び)に流されているだけじゃないのか。
ビジネスの世界でもそうだ。業績が回復したからといって、タガが外れたように経費を使いまくれば、会社はまたすぐに傾く。「遊びすぎじゃないか?」。喉元まで出かかったその言葉を、俺は必死で飲み込んだ。
ここで叱りつけて、またあの「暗黒の引きこもり期」に逆戻りすることだけは避けなければならない。今の俺は、ミスを恐れてバットを振れないバッターのように、息子に対して臆病になっている。
妻から聞いた「野球部はやめる」という言葉
さらに俺の心をかき乱しているのが、妻からの報告だ。息子がポツリと、母親には漏らしたらしい。「野球部は、もうやめるかも」
その言葉を聞いた瞬間、心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われた。元高校球児として、そしてかつて主将を務めた親父として、息子の野球には特別な思い入れがある。甲子園という夢を、どこかで息子に託してしまっている自分がいる。
だが、ここで親父がしゃしゃり出て、「根性が足りない」「継続は力なりだ」などと精神論をぶてば、すべてが終わることは目に見えている。今の息子に必要なのは、熱血監督の檄ではなく、静かに見守るベンチの忍耐だということは、頭では分かっているのだ。
3月8日、対外試合解禁に向けて
高校野球には、12月から3月上旬まで「対外試合禁止期間」がある。今はまだ、冬のトレーニング期間中だ。試合はない。
俺の勝手な、しかし切実なロードマップはこうだ。今はとにかく、学校という場所に慣れること。遊びでも何でもいいから、外の世界との接点を持ち続けること。そうしてエネルギータンクを満タンにして、3月の対外試合解禁に合わせて、グラウンドに戻ってくれればいい。
今は、長い冬の怪我人リストに入っているだけだ。そう自分に言い聞かせる。
遊び呆ける息子を横目に、言いたいことをグッと堪えてビールを流し込む。経営者としても、親としても、今が一番の「我慢のしどころ」なのかもしれない。
息子よ、今は遊べ。でも、ユニフォームはまだ、捨てないでくれよ。

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