今週、息子が部活動へ戻った。
一時、学校へ行けない時期があり、その後は学校へ行けるようになった。それでも、野球部へ戻ることはできずにいた。
結果として、学校へ行けるようになった時期と、部活動へ戻れた時期の間には距離があった。
ただし、これは自分から見えた距離を言葉にしただけだ。なぜ戻れなかったのか、息子の中にどんな迷いがあったのか、自分には決めつけられない。本人の本心を聞けていない以上、親が勝手に理由を完成させてはいけないと思っている。
言えるのは、長い休止のあと、息子が今週、実際に部活動へ戻ったということ。そして、その週末には練習試合に参加したということだ。
今回は、その一歩を記録しておきたい。
すべて元どおりになった、という話ではない。
息子が一つの壁を越えたこと。そして、戻る日まで待ち続けてくれた人たちがいたこと。その二つを、同じ重さで残しておきたい。
2試合とも先発し、最後までグラウンドに立った

※画像は記事内容を表したイメージです。
復帰して間もない週末の練習試合で、息子は2試合とも先発し、最後まで出場した。
打席ではヒットを打った。守備では、通常のフライを捕球した。
派手な記録を並べたいわけではない。
長い間、ボールやバットに触れていなかった息子が、試合に入り、2試合を最後までやり切った。その事実に、自分は驚いたし、素直に感心した。
野球を続けている選手にとって、ヒット一本や通常のフライ捕球は、特別なプレーではないかもしれない。
けれど、自分が見ていたのはプレーの難しさだけではなかった。
もう一度チームの中へ入ること。試合の最初から最後まで、その場に居続けること。
自分には、それを軽い一歩とは思えなかった。ただ、その重さがどれほどだったのかは本人にしか分からない。
だから、克服した、完全に戻ったとは書かない。
今週、息子は戻った。
その週末、2試合を最後まで出た。
まずは、その確認できた事実を大切にしたい。
復帰したからといって、親子の衝突が消えたわけではない
部活動へ戻ったことで、親子の空気がすぐ穏やかになったわけではなかった。
復帰直後、息子が自分に対して機嫌が悪そうに見えた日がある。自分の意思だけで戻ったわけではないという感情を、親へぶつけた日もあった。
そのときの言葉を、本人の許可なく直接ここへ書くことはしない。
親は、子どもが前へ進んだように見えると、その一歩を分かりやすい物語にしたくなる。本当は野球がやりたかった、戻れてうれしい、もう心配はいらない。本人の確認なしに、そんな結論を急ぎたくなることもある。
けれど、息子本人がそう話した事実はない。
戻ったという行動と、親への複雑な感情は、同時に存在していた。どちらか一方だけを本心と決めつけることは、自分にはできない。
練習試合のあとも、自分に対しては機嫌が悪そうに見えた。
一方で、久しぶりに体を動かし、仲間、監督、コーチと同じ時間を過ごした。その時間には、息子なりの充実もあったのではないかと、自分は感じた。
ただし、これは親である自分の観察と推測だ。本人が充実を口にした事実はない。
自分は、息子の中に、チームに対する責任感や申し訳なさ、それでも身動きが取れない気持ちがあったのではないかと感じている。
これも親の推測にすぎない。本人がそう話した事実はなく、復帰できなかった原因として決めつけることもできない。
自分にできるのは、息子の気持ちへ勝手な名前をつけることではなく、戻ったという事実と、まだ親子の衝突があるという事実の両方を見ることだと思っている。
待つことをやめなかった監督とコーチ

※画像は記事内容を表したイメージです。
息子が戻れない間も、監督とコーチは復帰を待ち、声をかけ続けてくれた。
何を思い、どんな判断で待ってくれていたのかは、自分が代わりに語ることではない。具体的な言葉も、ここでは作らない。
それでも、息子が戻ったときに受け入れてもらえる場所が残っていた。その事実の大きさは、親として感じている。
子どもが部活動から長く離れたとき、周囲にはいろいろな判断があると思う。チームにはチームの事情があり、監督やコーチには全体を見る責任がある。
その中で、息子を待ってくれた。
復帰した週に練習へ入り、その週末には試合へ参加できた。2試合を最後まで経験できた背景には、本人が実際に戻って練習と試合へ入ったことと同時に、受け入れる側が場所を閉じずにいてくれたことがある。
息子だけで完成した一歩ではない。
だからといって、監督やコーチが息子を立ち直らせたと書くつもりもない。
本人が壁を越えた。
そして、越えた先に立てる場所を、監督とコーチが残してくれていた。
自分は、その両方に感謝している。
誘い続けてくれた仲間と、引退した先輩
チームの仲間も、息子へ戻ってくるよう誘い続けてくれた。
すでに引退した先輩も、息子へ戻るよう誘い続けてくれた。
誰が何と言ったのか、どのように誘ってくれたのか、ここで新しい場面を作ることはできない。
ただ、何度も声をかけてもらっていたという事実は残っている。
実際に練習へ行き、試合へ出る行動は、息子自身にしかできない。周囲が代わりに練習へ行くことも、試合へ出ることもできない。
一方で、戻るまでの時間を、息子一人だけの力で説明することもできない。
離れている間も誘いが続いていたことが、息子にどう届いていたのかは分からない。本人の気持ちは本人にしか語れないからだ。
それでも、誘い続けてくれた行動そのものに、自分は感謝している。
先輩はすでに自分の区切りを迎えている。それでも息子へ戻るよう誘い続けてくれた。仲間は、自分たちの活動を続けながら息子へ声をかけてくれた。
監督とコーチが待ち、仲間と先輩がつないでくれた。
自分は、チームのみんなと監督、コーチが辛抱強く待ち、声をかけ続けてくれたことを、息子が復帰できた大きな要因の一つだと受け止めている。
ここでいう辛抱強くとは、周囲の心情や性格を自分が代弁する言葉ではない。長い休止の間も待つことをやめず、声をかけ続けてくれた確認済みの行動を指している。
その関わりを、仲間の力だけで復帰できたという美談にまとめたくはない。息子には息子の葛藤があり、戻ったあとも親子の衝突はあった。
周囲だけが息子を復帰させたのではない。息子自身が部活動へ戻り、練習へ入り、2試合を最後までやり切った。その行動も消してはいけない。
それでも、人とのつながりが切れずに残っていたことは、今回の一歩と切り離せない。
息子が壁を越えたことと、周囲が待ち続けてくれたこと。どちらかを脇役にせず、両方を覚えておきたい。
洗濯と送迎と、道具の手入れが戻ってきた
息子が部活動へ戻ったことで、家庭の忙しさも増えた。
きょうだいの野球活動が重なり、洗濯がある。送迎がある。スパイクやグローブの手入れもある。
やることは増えた。
けれど自分は、その忙しさを、今しかできないありがたい時間だと感じている。
忙しいことを立派な親の証明にしたいわけではない。送迎をしたから復帰できた、道具を手入れしたから試合に出られた、そんな因果を作るつもりもない。
ただ、しばらく止まっていた野球の支度が、もう一度日常の中に戻ってきた。
洗濯物が増えることも、時間を見て車を出すことも、道具の状態を確かめることも、ずっと続くわけではない。
だから今は、慌ただしさまで含めて受け取りたい。
息子が野球を続けるか、これからどんな気持ちで部活動へ向かうかは分からない。親が先回りして結末を決めることもできない。
それでも、今週は支度があった。
その週末には試合があった。
自分にとっては、それだけで十分にありがたい。
回復の完了ではなく、一つの壁を越えた日
今回の復帰を、きれいな結末にするのは早い。
部活動へ戻ったから、不登校だった時間が消えるわけではない。試合に出たから、親子の衝突がなくなるわけでもない。ヒットを打ったから、これからも順調だと約束されるわけでもない。
本人の気持ちには、親には分からない部分が残っている。
それでも、確認できたことがある。
息子は長い休止のあと、部活動へ戻った。
その週末、2試合とも先発し、最後まで出場した。
ヒットを打ち、通常のフライを捕った。
これは、息子が自分の足で一つの壁を越えた記録だ。
そして、その先には、待ち続けてくれた監督とコーチがいた。誘い続けてくれた仲間と、引退した先輩がいた。
本人の一歩と、周囲の支え。
どちらが欠けてもよかったとは、自分には思えない。
親として、息子が戻った一歩を大切にしたい。
監督、コーチ、仲間、先輩には、戻れる場所を残してくれたことへの感謝がある。
直接の会話をここで作ることはしない。ただ、自分の中にある感謝だけは、記録として残しておきたい。
明日からどうなるかは、まだ分からない。
今日は、息子が越えた壁と、待ってくれた人たちのことを覚えておく。
そしてまた、洗濯をして、送迎をして、道具を手入れする。
今しかできない、その時間を大切にしたい。

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