ステップ1を突破したときは、正直「これはいける」と思っていた。
AIに任せた売買ロジックが、狙い通りに相場を捉えてくれた。3000円の含み損に胃を焼かれた夜も、最後は自分の判断でシステムに戻ることを選んで、切符を掴んだ。あの記事を書いたとき、自分は次のステージへの手応えを確かに感じていた。
今日はその続きを、正直に書いておきたい。ステップ2、今のところ何度も跳ね返されている。
現在地:含み損は100万円を超えた
数字から書く。今の口座残高は約1,892万円。全体の損失許容額200万円のうち、すでに110万円以上を使ってしまっている。損失率にして55%超。口座を開設してから129日、取引数は24回、取引日数は66日。もっとも取引しているのはゴールド(XAUUSD)で、勝率は26%だ。

数字だけ並べると、正直かなり厳しい状況だと自分でも分かる。ステップ1のときのような「あと少し」という手応えはなく、じわじわと口座残高が削られていくグラフを、毎日眺めている。


「AIを信じる」ことの本当の難しさ
一番しんどいのは、損失そのものより、「どうしたらいいか分からない」という状態が続いていることだ。
ステップ1では、自分の売買ロジック(EA)がうまく相場にハマっていた。だからこそ、今回のステップ2でも同じ仕組みを信じて任せている。だが今の相場は、明らかにそのロジックと噛み合っていない。
ここでジレンマが生まれる。相場が合っていないなら、止めるか、手動で介入すればいい。理屈ではそうだ。だが、止めたり手動介入したりした瞬間、それは「AIに任せる」という前提そのものを壊すことになる。EAを使う意味は、感情に左右されずに機械的なルールで戦うことにあるはずなのに、その機械的なルールが機能していないように見えるとき、人間の自分にできることは「様子を見る」ことしかない。
このもどかしさは、経営にも通じるものがある。優秀な社員に仕事を任せたはいいが、その社員のやり方が今の局面に合っていないように見える。かといって口を出せば、任せた意味がなくなる。信じて待つべきなのか、介入すべきなのか。その判断基準を自分はまだ持てていない。
甲子園時代の「代打」とは違う種類の怖さ
野球なら、打席に立っているのは自分自身だった。調子が悪ければ、それは自分の責任として引き受けられた。バットを振るのも、見送るのも、自分の判断だ。
だが今回は、打席に立っているのがAIで、自分はベンチから見ているだけの監督のような立場になる。選手交代のサインを出すべきかどうか、自分でもまだ迷っている。この「自分の腕一本ではどうにもならない」感覚は、正直、現役時代には味わったことのないタイプの怖さだ。
家族や会社への影響、そして今の本音
100万円という金額は、正直、家計にも会社の資金繰りにも軽い数字ではない。ただ、今のところ精神的に一番きついのは、金額そのものよりも「答えが出ていない」という宙ぶらりんな状態だ。
このまま同じロジックを信じて走り続けるのか、それとも一度立ち止まってロット数やルールを見直すのか。今の自分は、正直まだ迷っている。ステップ1のときのように「これだ」という確信を持てないまま、グラフを眺める日々が続いている。
今、伝えられること
この記事を、成功談として締めくくることはできない。ステップ1のときとは違い、まだ答えが出ていないからだ。
それでも、今の状況を正直に書いておく理由がある。プロップファームへの挑戦は、勝ち続ける記録だけを見せても意味がないと思うからだ。含み損と向き合いながら、AIを信じるべきか、自分の判断で介入すべきか揺れ動いている今の状態こそ、次に何かを判断する誰かにとって、意味のある記録になるかもしれない。
続報は、方向性が決まり次第、また書く。

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