雇用統計発表の1分間で、含み益が吹き飛んだ日。経済指標という「不規則バウンド」とどう向き合うか
その日、自分は順調だった。ドル円のロングポジションで、含み益は悪くない数字になっていた。そろそろ利確しようかと画面を眺めていたところに、米雇用統計の発表時刻がやってきた。
数字が出た瞬間、レートが一瞬で跳ねた。だが自分の頭にあったレートで決済されることはなかった。約定したのは、想定より大きく不利な価格。いわゆるスリッページというやつだ。含み益は一気に目減りし、気づけば当初の利益の半分も残っていなかった。
雇用統計という「魔の1分間」
米国雇用統計(NFP)は、毎月第1金曜日、日本時間の21:30(夏時間)に発表される、FX市場で最も注目される経済指標のひとつだ。
出典: みんなのFX「米国雇用統計とは?FXトレーダーが注目する理由と発表時の相場の動き」
事前予想と結果が大きく乖離した場合、発表から数分の間にドル円のレートが1円以上動くことも珍しくないという。普段のレンジ相場ではまず起こらない値幅が、たった数分間に凝縮される。
出典: OANDA証券「米国雇用統計の過去13年間のデータから米ドル円(USD/JPY)の推移を検証」
さらにこの数分間には、通常時とはまったく違うことが市場の内側で起きている。スプレッドが平常時の何倍にも広がり、注文が思った価格で通らない「約定拒否」や、自分が経験したような「スリッページ」が頻発する。
なぜ「予測」ではなく「備え」が大事なのか
同じ資料を見ると、非農業部門雇用者数の市場予想と結果の乖離が、その後のドル円の値動きと一致したケースは、過去13年・156回のうち104回。的中率としては悪くない数字だ。
出典: OANDA証券、前掲資料
つまり「良い数字が出ればドルが買われ、悪い数字が出ればドルが売られる」という基本的な方向性は、ある程度読める。だがその「読み」が正しかったとしても、自分が経験したように、実際の約定価格がその読みを台無しにすることがある。方向性の予測と、実際の資金管理はまったく別の話だということを、自分はあの日、身をもって学んだ。
イレギュラーバウンドを、正面で処理しようとするな
野球の内野守備で一番怖いのは、実は速い打球そのものではない。イレギュラーバウンド、つまり打球が地面の凹凸で不規則に跳ねる瞬間だ。どれだけ守備がうまい選手でも、跳ねた瞬間の打球を正面で完璧に処理することはできない。だからこそ、うまい選手ほど「半身に構えて、最悪の跳ね方をしても体で止められる姿勢」を取る。正面から捕りにいく選手ほど、痛い目に遭う。
経済指標発表の瞬間も同じだと思う。あの1分間だけは、普段のような「正確に予測して、正確に約定する」という前提が崩れる。ここに正面から立ち向かって、指標発表の瞬間を狙って新規エントリーを仕掛けるようなやり方は、イレギュラーバウンドに顔面から突っ込みにいくようなものだ。
含み益を溶かした本当の原因は、指標じゃなく自分だった
正直に言うと、あの日の失敗の原因は雇用統計そのものではない。「そろそろ利確しよう」と思っていながら、指標発表という荒れ相場の直前まで、ポジションを持ち続けていた自分の判断こそが原因だった。
指標の結果は誰にもコントロールできない。だが、発表の直前にポジションをどうするかは、自分でコントロールできる。この当たり前の区別ができていなかったから、自分は「運が悪かった」で片づけようとしていた。実際には、事前に対応できたはずの、防げるリスクだった。
雇用統計だけじゃない、月に何度もある「荒れる日」

見落としがちだが、相場が荒れるのは雇用統計だけではない。米国の消費者物価指数(CPI)発表や、FOMC(米連邦公開市場委員会)の政策金利発表など、月に数回は同様に値動きが跳ねる局面がある。
出典: 外為どっとコム総研「米雇用統計の予想と戦略」ほか各社月次レポート
つまり「今日は雇用統計だから気をつけよう」という単発の意識だけでは足りない。経済指標カレンダーを月初にひと通り確認し、荒れそうな日をあらかじめマーキングしておく。これは、対戦相手の先発投手の球種傾向を事前に把握しておくのと同じ、当たり前の準備だと自分は思っている。
経営者として、自分が指標発表前にやっている3つのこと
FXを個人の資産形成の一部として続けている自分が、雇用統計のような重要指標の前に必ずやっていることを整理しておく。
①発表前にポジションを軽くする
含み益が乗っているポジションほど、発表直前に一部でも利確し、リスクにさらす金額そのものを減らす。会社の資金繰りと同じで、荒れる可能性が高い局面では、まず持ち高を軽くするのが基本だ。
出典: みんなのFX「今週の米国雇用統計や祝日に関する注意事項について」(各社が同様の注意喚起を行っている)
②発表直後の数分間は、新規エントリーを控える
方向性が読めても、約定価格が読めない以上、飛び乗るのはギャンブルに近い。値動きが一段落してスプレッドが平常に戻ってから、改めて判断すればいい。
③逆指値注文の制限を事前に把握しておく
証券会社によっては、指標発表前後の時間帯で逆指値注文の発注そのものを制限することがある。「いつも通り損切りラインが機能する」という前提は、この時間帯には通用しないことがあると知っておくだけで、慌てずに済む。
④「今日は見送る」という選択肢を持っておく
一番効果があったのは、実はこれだった。自信のあるポジションを持っていない日、あるいは相場観に迷いがある日は、雇用統計そのものを完全にスルーする。ノーポジションで指標を眺めるだけの日があってもいい。打席に立たなければ、三振もしない。無理に打ちにいく必要がない場面があることを、自分は取引を重ねるほど実感するようになった。
発表直後の値動きを、後から検証する習慣
もうひとつ続けているのが、指標発表後の値動きをあとから振り返る作業だ。発表結果と事前予想の差、その後数分間のチャートの動き、自分が取ったポジションと結果を、簡単でいいのでメモに残しておく。
これを続けると、自分がどのパターンで踏みとどまれて、どのパターンでつい飛び乗ってしまうのか、癖が見えてくる。試合後にビデオでスイングを見返すのと同じで、感情が収まった後に見る値動きは、渦中にいたときとはまったく違う情報を教えてくれる。
「読みの精度」より「守りの姿勢」
雇用統計の発表を見送るたびに思うのは、FXで長く生き残るために必要なのは、次の展開を正確に当てる能力よりも、当てられなかったときにどれだけ傷が浅く済むかという「守りの設計」だということだ。
会社経営でも同じだった。景気の先行きを完璧に読み切ることなど、自分にはできない。できるのは、悪い方向に転んだときにも会社が潰れない体力を、あらかじめ用意しておくことだけだ。
次の雇用統計の発表時刻を、自分はもうカレンダーに入れてある。今度こそ、イレギュラーバウンドを正面から受けにいくようなまねはしない。
※本記事は投資判断を推奨するものではありません。FX取引は元本を割り込むリスクがあります。投資は必ずご自身の判断と余裕資金で行ってください。

コメント