研修費を増やす前に。人材育成の詰まりを「対象・時間・実務移管」で見つける3列表

人材育成の詰まりを解く|学びを仕事につなぐ

「社員教育が足りない。次はもっと良い研修を入れよう」

そう考える前に、一度止まったほうがいいかもしれません。

研修費が不足している会社はあります。しかし、人材育成が進まない原因は費用だけではありません。誰に何を身につけてほしいのかが曖昧なまま、通常業務の外側へ研修を足しても、学んだ内容を使う仕事が渡されなければ現場は変わりにくいからです。

2026年7月31日に厚生労働省が公表した令和7年度「能力開発基本調査」では、能力開発や人材育成に何らかの問題があると答えた事業所は80.1%でした。問題がある事業所における回答の上位は、「指導する人材が不足している」59.5%、「人材を育成しても辞めてしまう」51.6%、「人材育成を行う時間がない」45.5%です。一方、「育成を行うための金銭的余裕がない」は14.3%でした。

この結果だけで、すべての会社に「研修費は不要」とはいえません。調査は原因と結果を証明するものでもありません。それでも、予算を増やす前に、人・時間・仕事の渡し方を点検する理由にはなります。

結論からいえば、最初に作るのは研修メニューの一覧ではなく、次の3列です。

対象 時間 実務移管
誰が、どの業務を、どの水準までできるようになるのか 学ぶ時間、教える時間、振り返る時間をいつ確保するのか 学んだ後、どの実務を、どこまで、誰の確認付きで任せるのか

この3列が埋まらない段階では、研修費を増やしても育成の詰まりが残る可能性があります。

目次

人材育成の問題は「研修が少ない」だけでは説明できない

令和7年度調査では、OFF-JTまたは自己啓発支援へ費用を支出した企業は54.4%でした。OFF-JTに支出した費用は、支出企業における労働者1人当たり平均で2.0万円となり、前回の1.5万円から増えています。

一方、人材育成に問題がある事業所は80.1%です。この2つを単純に結びつけて「費用を使っても効果がない」と結論づけることはできません。企業調査と事業所調査では調査単位が異なり、個々の企業について支出と成果の因果関係を追った数字ではないからです。

ただし、次の問いは持てます。

  • 研修を受ける人は、経営上の課題から選ばれているか
  • 受講時間だけでなく、教える側と振り返る側の時間も確保されているか
  • 受講後に、学んだ内容を使う仕事が渡されているか
  • 参加人数ではなく、任せられる仕事が増えたかを確認しているか

研修費は育成を動かす要素の一つです。しかし、誰に、いつ、何を任せるかが決まっていなければ、研修が現場から切り離された行事になりかねません。

3列表で確認する人材育成の詰まり

以下は、研修の発注前に使う点検表です。調査票の設問をそのまま転記したものではなく、厚生労働省の調査結果と「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」を基に、自分が実務用に整理した判断道具です。

確認項目 対象 時間 実務移管
決めること 誰に、どの業務能力が必要か いつ学び、いつ教え、いつ確認するか 学習後に何の仕事を任せるか
書く単位 人・役割・業務 日時・所要時間 業務名、範囲、期限、確認者
危険な状態 「若手全員」だけで終わる 通常業務を減らさず研修だけを足す 受講後も元の担当者がすべて処理する
最初の一手 重要業務を1つ選ぶ 予定表へ学習・指導枠を入れる 低リスク部分から担当を渡す

1列目「対象」:全員研修の前に、業務と人を結ぶ

人材育成の対象と必要能力を結ぶ図

対象欄で決めるのは、単なる受講者名簿ではありません。「誰が、どの仕事を、どの水準まで担当できるようになるのか」を書きます。

厚生労働省のガイドラインでも、学ぶ内容や目標を設定しやすくするため、役割と職務に必要な能力・スキルを明確にすることが示されています。

例えば「若手社員に経理研修を受けてもらう」だけでは、研修後に何ができればよいのか判断できません。表の粒度を示す記入例なら、次のように分解できます。

担当者Aが、月次請求業務のうち、請求データの確認から請求書案の作成までを、チェックリストに沿って処理できるようにする。

これは実在企業の成功例ではありません。対象を絞ることも、育成する人数を減らすという意味ではありません。最初に解く業務上の詰まりを絞り、その後に横展開できる形を作るという意味です。

対象欄には、対象者または役割、任せたい業務、現在できる範囲、次に到達したい範囲、できたと判断する条件を書きます。「コミュニケーション力」のような抽象語だけでは、研修の選定も実務移管も難しくなります。

2列目「時間」:受講時間だけでなく、教える時間を確保する

学ぶ時間と教える時間を確保する比較図

令和7年度調査で、人材育成に問題がある事業所の45.5%が「人材育成を行う時間がない」と回答しました。個人調査でも、自己啓発上の問題として「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」を挙げた割合は、正社員58.5%、正社員以外36.1%で、それぞれ最も高い回答でした。

研修を追加するときに見落としやすいのは、必要なのが受講時間だけではないことです。

  1. 受講者が学ぶ時間
  2. 指導者が準備する時間
  3. 一緒に実務を行う時間
  4. 結果を確認し、修正する時間

受講者の予定だけを空けても、指導者が呼び戻され続ければ育成は止まります。反対に、先輩がつきっきりになる設計では、指導者不足を悪化させることがあります。

時間欄には「毎週学ぶ」ではなく、例えば「火曜14時から30分を学習、水曜の対象業務1件を実務練習、木曜16時30分から15分を確認」のように置きます。曜日や時間は各社に合わせます。重要なのは、通常業務を減らさずに「空いた時間で学んで」と渡さないことです。

会社の業務命令で行う研修の労働時間の扱いは、指示方法や実態によって異なります。制度設計で判断に迷う場合は、社会保険労務士や所轄の労働基準監督署などへ確認してください。

3列目「実務移管」:学んだ後に仕事を渡す

研修後に実務へ段階的に移管する図

研修を受けた社員が、翌日から以前と同じ補助作業だけを続けていれば、身につけた内容を使う機会がありません。

厚生労働省のガイドラインは、身につけた能力・スキルを発揮する実践の場を企業が提供し、学びを業務に活かすことを示しています。

ここでいう実務移管は「研修が終わったから全部任せる」という丸投げではありません。仕事を段階に分けて渡します。

段階 任せ方 確認方法
見学 担当者の処理を見る 判断理由を確認する
補助 一部分を担当する その場で確認する
確認付き担当 一連の作業を行う 完了前に責任者が確認する
単独担当 定めた範囲を任せる 例外案件だけ相談する
改善・指導 手順改善や次の担当者育成を担う 成果と事故予防を定期確認する

事故や法令違反につながる業務では、単独担当へ進めない判断も必要です。大切なのは、研修の終了をゴールにせず、「確認付きで任せられる仕事が1つ増えた」のように実務上の変化を確認することです。

30分で最初の1枚を作る手順

手順1:会社で止まりやすい仕事を1つ選ぶ

特定の人しかできない、担当者が休むと止まる、管理職が手放せない、手戻りが多い、独り立ちの基準が曖昧、といった仕事を1つ選びます。最初から全社の能力一覧を作ろうとすると、表作りで止まります。

手順2:「対象」を1文で書く

次の型を使います。

[対象者・役割]が、[業務]を、[確認条件]のもとで、[到達範囲]まで担当できるようにする。

研修名から考えず、仕事から逆算します。

手順3:「時間」を予定表に置く

受講者と指導者の双方について、学習、実務、確認の時間を書きます。確保できなければ、研修を増やす前に対象業務の量、締切、会議、担当分担を見直します。

手順4:「実務移管」の最初の範囲を決める

金額が小さい案件、社内向け作業、やり直し可能な工程、チェックリスト化できる部分、責任者が完了前に確認できる範囲から始めます。

手順5:2週間後か、業務1サイクル後に見直す

計画した時間を確保できたか、指導者へ負担が集中していないか、任せられる工程は増えたか、手順書に不足がないかを見ます。2週間は効果測定期間ではなく、初回点検の目安です。月1回の業務なら、1サイクルが終わるまで待ちます。

うまくいかない4つの失敗

対象を広げすぎる

「全社員のデジタル力向上」のように範囲が広いと、必要な内容が人によって変わります。情報セキュリティや法令など全員が持つべき基礎は別として、実務能力は対象業務と到達点を分けたほうが確認しやすくなります。

通常業務を減らさず、研修だけを足す

昼は通常業務、夜や休日は自主学習という形へ寄せると、時間の問題を個人の努力へ移してしまいます。研修を追加するなら、同時に「何を止めるか」「誰が代わるか」まで決めます。

学んだ社員へ仕事を渡さない

研修後も上司やベテランが仕事を抱えたままでは、実践の場が生まれません。任せられない理由が能力不足なのか、権限設計なのか、顧客対応上の危険なのかを分けます。

受講人数だけで成果を判断する

「10人が受講した」は実施記録であって、実務上の成果とは限りません。一人で処理できる工程が増えた、確認回数が減った、担当者不在でも止まらなくなった、といった対象業務に近い指標を使います。

それでも先に研修費を使うべき場合

資格、法定教育、安全教育など、業務へ入る前に所定の教育が必要な場合は受講が先です。新制度や高度な専門業務など、社内に必要な知識がない場合も外部研修や専門家の活用が合理的です。

情報セキュリティ、ハラスメント防止、品質方針など、全員が知るべき内容は一斉研修に向きます。高額決裁、労務、税務、法務、個人情報、設備安全などは、研修後も有資格者や責任者の確認を外せないことがあります。

順番を変える場合でも、受講後に何へ使うかは先に決めておきます。

調査結果を小さな会社へそのまま当てはめない

令和7年度「能力開発基本調査」の企業調査と事業所調査は、常用労働者30人以上を雇用する企業・事業所が対象です。したがって、従業員30人未満の会社へ80.1%などの数字をそのまま当てはめることはできません。

小規模な会社では、経営者や一人のベテランが指導、判断、最終確認を兼ねることもあります。その場合、3列表は大掛かりな制度ではなく、1業務・1人分から始めるほうが現実的です。

また「人材を育成しても辞めてしまう」が51.6%だったことから、「研修をすると辞める」と読むのも誤りです。定着には、仕事内容、処遇、上司との関係、キャリアの見通しなど別の要因も関わります。

FAQ

研修費を増やしてはいけないという意味ですか?

いいえ。必要な専門知識を社内で用意できない場合や、法令・安全上必要な教育、全員が持つべき共通知識には研修費が必要です。結論は「増額する前に、対象・時間・実務移管を確認する」です。

指導できる人が一人しかいない場合は?

その人を長時間の講師にせず、判断基準を小さく外へ出します。チェックリスト、よくある例外、完了見本、相談が必要な条件を、実際に発生した1件ずつ残します。

成果は何で測りますか?

最初は売上より、業務移管の進み具合を確認します。「補助付きから確認付きへ進んだ」「確認回数が減った」「一人しかできなかった工程を二人が担当できるようになった」などです。

3列表を作れば成功しますか?

保証はできません。この表は、育成が止まっている場所を整理し、次に試す行動を決める道具です。採用、配置、評価、処遇、職場関係が主な問題なら別の対策が必要です。

まとめ:次の研修を探す前に、1業務だけ3列へ書く

人材育成が進まないとき、研修費の不足だけを疑うと、ほかの詰まりを見落とします。

まずは全社制度から始めず、「特定の人が休むと止まる仕事」を1つ選びます。そして30分で対象・時間・実務移管の3列を埋め、2週間後か業務1サイクル後に見直します。

表を作った結果、外部知識が必要だと分かれば、そこで研修を選ぶ。時間がなければ、先に業務量や予定を変える。仕事を渡せていなければ、確認付きで任せる範囲を決める。

研修費を増やすかどうかは、その後の判断です。

出典

  1. 厚生労働省「令和7年度『能力開発基本調査』の結果を公表します」(2026年7月31日公表、2026年8月1日確認)
  2. 厚生労働省「令和7年度 能力開発基本調査 調査結果の概要」(2026年8月1日確認)
  3. 厚生労働省「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」(2026年8月1日確認)
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