素振りの「バットの重み」が変わったと気づいた日。40代から静かに始まる筋肉の減少という敵
先週、久しぶりに素振り用のバットを倉庫から引っ張り出した。高校時代から使っている、ただの木製バットだ。振った瞬間、正直に言うと「あれ、こんなに重かったか」と思った。
道具が変わったわけがない。変わったのは自分の体の方だ。
経営の数字は毎月見ている。売上、粗利、資金繰り。だが自分の筋肉量というB/Sは、恥ずかしながらここ数年まともに見ていなかった。決算書は赤字になる前に気づけと部下には言っているくせに、自分の体という一番身近な資産については、赤字転落のサインを完全に見逃していた。
筋肉は40歳前後から、静かに減り始める
普段あまり運動しない人の場合、30歳ごろから毎年0.5〜1%ずつ筋肉量が減っていき、80歳になる頃には約30%の筋肉が失われるとされている。減少そのものは30代から始まっているが、多くの人が自覚するのは40歳前後からで、実際に「衰えた」と実感するのは70歳を超えてからだという報告もある。
つまり、自覚症状が出る頃には、すでに30年分の減少が静かに進行しているということだ。会社で言えば、月次の試算表を見ずに30年経ってから初めて通帳を確認するようなものだ。恐ろしい話だが、多くの経営者が自分の体に対してはまさにこれをやっている。自分も例外ではなかった。
サルコペニアという「静かな三振」
筋肉量や筋力が加齢とともに低下し、身体機能全体が落ちていく状態を「サルコペニア(筋肉減少症)」と呼ぶ。医療機関での診断では、握力(男性で約28kg未満、女性で約18kg未満)や歩行速度(秒速0.8m以下)、筋肉量の指標などを組み合わせて判定される。
65歳以上の高齢者では、およそ15%程度がサルコペニアに該当すると考えられており、60〜70代でも5〜13%程度の有病率が報告されている。数字だけ見れば「まだ自分は40代だから関係ない」と思うかもしれない。だが、40代・50代の段階ですでに筋肉量の低下や予備群としての予兆が現れているという調査結果もある。オーストラリアで行われた成人656人の調査では、明確なサルコペニアと判定されたのは2%だったが、実に4割近くが予備群と判定され、その予兆は40代・50代の時点ですでに見え始めていたという。
出典:日本肥満症予防協会「サルコペニアのリスクは40代から上昇」
野球で言えば、これは「見逃し三振」に近い。ボールが来ていることに気づかないまま、バットを振る機会そのものを逃し続けている状態だ。振れば当たったかもしれない球を、見逃しているだけならまだいい。厄介なのは、見逃していることにすら気づいていないという点だ。
経営者が体のB/Sを軽視しがちな理由
自分の周りの経営者仲間を見ていても、決算書の数字には人一倍うるさいくせに、自分の体力については驚くほど無頓着な人が多い。理由は単純で、体は「今日明日で急に壊れるものではない」と思い込んでいるからだ。
だが実際には、筋肉量の減少は複利で効いてくる。年1%程度の減少でも、10年、20年と積み重なれば、気づいたときには握力も基礎代謝も、見えない部分でかなり落ちている。これは会社の含み損に近い。決算書には出てこないが、いずれ表面化する類のリスクだ。
高2と中2の息子たちに、自分は「体が資本だ」と偉そうに言ってきた。だが振り返れば、自分自身が一番その言葉を実践できていなかった。子どもに言う前に、まず自分の素振りの重さの変化に、もっと早く気づくべきだった。
ロコモ、フレイル、サルコペニア。三つの言葉の違い
体力低下について調べていると、サルコペニア以外にも「ロコモティブシンドローム(ロコモ)」「フレイル」という言葉が出てくる。混同しがちなので、自分なりに整理しておきたい。
ロコモは骨や関節、筋肉といった運動器全体の機能低下を指す広い概念で、サルコペニアはその中でも特に筋肉量・筋力の減少にフォーカスした状態を指す。フレイルはさらに広く、身体だけでなく気力や社会的なつながりまで含めた「加齢による心身の脆弱化」全般を表す言葉だ。
つまり、サルコペニアはロコモやフレイルの入り口であり、原因の一つでもある。会社に例えるなら、フレイルが「経営全体の体力低下」だとすれば、サルコペニアは「主力事業の売上減少」に近い。主力事業が傾けば、いずれ会社全体の体力も奪われていく。だからこそ、入り口の段階であるサルコペニアのうちに手を打つ意味がある。
睡眠と食事も、筋肉というB/Sを支えている
以前このブログで、睡眠負債と食物繊維不足の話を書いた。振り返ってみると、これらは実はすべて同じ土台の上にある話だった。筋肉は寝ている間に修復され、腸内環境が整っていなければ栄養はうまく吸収されない。筋トレだけを頑張っても、睡眠と食事という土台が崩れていれば、思うような効果は出ない。
自分が最近意識しているのは、筋トレの成果を「その日の頑張り」ではなく「睡眠・食事・運動の三点セットの結果」として捉えることだ。四番打者がバットを振る一瞬だけを鍛えても意味がなく、日々の食事と休養があって初めて、あの一振りの力が生まれる。会社の主力事業も同じで、現場の頑張りだけでなく、資金繰りや人材育成という土台があって初めて成果が積み上がる。
握力は、体全体の「決算書」を映す数字だった
握力が単なる腕力の指標ではないと知ったのは、最近になってからだ。国内外の研究では、握力が強い人ほど死亡リスクが低い傾向があり、この関係は40〜64歳の中年期でも、65歳以上の高齢期でも同様に認められるという。握力が5kgほど低下するごとに、心血管疾患や総死亡のリスクが上昇する傾向も報告されている。
なぜ握力ひとつでそこまで分かるのか。握力が低下している人は、低体重や運動不足、生活習慣病、栄養状態の悪化、免疫力の低下といった問題を併せ持っているケースが多く、握力はそうした体全体の状態を映す「分かりやすい代理指標」になっているためだ。決算書で言えば、売上高という一つの数字を見れば、粗利率や在庫回転率など会社全体の健康状態がある程度透けて見えるのと似ている。
出典:ふくおか健康ポイントプラス「握力と死亡リスクについて」
自分がハンドグリップを買って最初にやったのは、まさにこの「決算書の初期チェック」だった。数字を見た瞬間の感覚は、正直、久しぶりに試算表を見て青ざめたときの感覚に近かった。

「振る力」を取り戻すためにやり始めたこと
幸い、筋肉量の低下は加齢だけの問題ではなく、運動と栄養である程度は取り戻せる部分が大きいというのが救いだ。自分が今取り組んでいるのは、特別なことではない。
①握力を測る。診断基準にもなっている通り、握力は筋力全体の状態を映す分かりやすい指標だ。ハンドグリップは数千円で買える。まずは自分の現在地を数値で知ることから始めた。
②週に2回、簡単な筋トレを固定枠にする。スクワットと腕立て伏せだけの、15分に満たないメニューだ。派手さはないが、続けられることを最優先にした。

③タンパク質の摂取量を意識する。筋肉は使うだけでなく、材料がなければ作られない。食事のたびに「タンパク質は足りているか」を一瞬だけ考える習慣をつけた。
どれも地味だ。だが経営でも野球でも、地味な積み重ねを継続できるかどうかが、最終的な差になることを自分は嫌というほど学んできた。筋肉も同じだと、今さらながら気づいた。
4番打者としての結論
素振りのバットが重く感じられたあの瞬間は、自分にとって一種の警告だった。決算書の異常値に気づくのと同じ感覚で、体からのサインを見逃さないようにしたい。
40代というのは、まだ間に合う年代だ。予備群の段階で気づき、手を打てれば、20年後の自分の握力も、素振りの重さも、今とは違う結果になるはずだ。会社の数字と同じように、自分の体のB/Sにも、たまには目を通す。それだけで、未来の三振を一つ減らせるかもしれない。
※本記事は情報提供を目的としており、特定の症状の診断や治療を推奨するものではありません。体調に不安がある場合は医療機関にご相談ください。

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